こんにちは!
2012年春、別府に移住しました。
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衛生と文明ーーー→最先端街別府
さいきん気づいたこと。

たぶん2年前に恋人と出会ったころから変わったことがあって、それは、潔癖なところがなくなったこと。
わたしはそれまで結構潔癖なところがあった。ホテルの水道水を湧かして飲むのとか、食器がキュッとならないのとか、トイレのあと手を洗わない人とか(これは今でもやだけど)、いろいろ苦手なものあった。
これは都会女子としては普通な感覚かもだけど、潔癖なのを自覚しつつそういう自分が嫌だった。
なんか弱っちい感じがしたし、潔癖なのってなんだか冷たい感じがして。
でも恋人と出会って、彼はすぐいろいろ汚すし、あんまり気にしない人で、ふらふら弱そうに見えて意外にワイルド&タフだから、影響されて私もいろいろ気にしなくなった。
もしかしたら彼に対してお母さん的な感覚があるのかもしれないのだけど。
お母さんとかおばあちゃんていろいろ気にしてたらできないから、どんとしてるよね。


まぁとにかく、私の衛生概念が変わった。

そういうのと平行して、私のいろんな感覚が変わってきたように思う。
高円寺界隈の友人が増えたり、洗練されすぎたものにダサさを感じたり。
おしゃれと思ってたものが、陳腐に見えたり。
こぎれいなアートっぽさがつまんなくなったり。
ただ単に、恋人が潔癖なタイプじゃないから、それに影響されただけなのかもしれないけれど。

でももしかしたら、今のわたしの感覚の変化は、わたしだけじゃなくて多くの人が感じているものなのかもしれないと思う。
実際、高円寺の子たちとか快快とかChim↑Pomとか、シュッとしてなくてタフネスな人たちが元気だったりする。

昔身体について考えてたとき読んだ三浦雅士の本に、文明の発達は衛生概念の発達と同じくしてあった、とか書いてあったのを思い出した。
昔の人は、すごいぎゅうぎゅうなところで、人のにおい、食べ物のにおい、糞尿のにおい、いろんなにおいと一緒に生きてた。
それが、文明が進むにつれて、どんどん衛生の概念が発達して、人と人の距離が離れていって、においや感触に敏感になって、いろいろストレスに感じるようになった。抗菌、除菌、滅菌時代。
そうやって、衛生の概念が発達しすぎると、人は生きられなくなる、というのは簡単に予測できる。
人間も動物で、たくさんの菌でできているから。

いまがその時なのかもしれない。
きれいずきになりすぎて、ストレスフルだから、タフネスなものに憧れる。
食器洗いのとき、無添加の洗剤つかってると、あんまりキュっとはならないのだけど、よく考えたらそんなにキュっとさせなくていいんじゃないかとか考えるようになった。
小さいことだけど、なんか大きいものにつながってる気がする。


で、別府は、そういう意味では、超最先端。
別府の公共温泉は、シャワーがなくて、湯船から直接お湯をくんで体を洗い流す。
温泉で常に循環してるから、全然汚くないけど、最初はびっくりした。
あと、引っ越す前にお風呂道具がなかったとき、一緒にお風呂に入ってた知らないひとが、石鹸貸してあげるといいつつ、体を洗うタオルまで貸してくれた。
超びっくりしつつ苦笑した。

この衛生感覚は、最先端。タフネス。
いま別府には不思議といろいろな人が集まってきて、この3週間だけでもたくさんおもしろい人に会ったけれど、こうして人が集まるというのにはなんかあるはず。

うまくいえないけど、別府の新しさはここにある気がした。


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別府にprecogがオープンするスペースpunt precog。元コチジャン。
ただいま改装中。


景くんが、冴場りょうに似ているという噂が、、。


おくり物が2つとどいた。
たんぽぽランチ のち じごくめぐり
毎日たのしくすごしています。
4月7日、8日の日記。



かくれ山に住むたんぽぽさんという方のおうちでランチをいただきました。
たんぽぽさんは、7年前に大阪から別府に引っ越して、かくれ山に住んでいます。家の前には畑があって、そこで採れた野菜を使った料理を出している。

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たんぽぽさん


この日は海がおだやかで、山桜や菜の花も楽しく咲いていて、きもちがよかった。
すぐそこで大切に育てられた野菜たちは、おいしくって、元気が出る味がした。

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花茶(野花をつんで太陽にあてておくと、花の香りが強くなって
エネルギーたっぷりになるんだって)


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とっても満たされた★



そのあとは、東京からカスミがきて、一緒に地獄めぐりした!
地獄は8つあるのだけど、1つみるのに400円もして高かった。

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かえるとかっぱ


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真っ青な海地獄。温泉で、たまごをゆでてた


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温泉で育ったカバ、昭一。@山地獄。


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超凶暴なワニ。肉片が食いちぎられたりしてた。@鬼山地獄。


別府タワーのカラオケがハイパーおかしくて、なぜか部屋にハンモックがあった!
オトメンできたら、超楽しそうー!!!

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ハンモックにゆられながら歌うととても乙女チックな気分になれます。


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2人で買った別府みやげ。なんかやばい。


別府には、へんなものたくさんある。



ayaya's fancy note ------ in beppu!!!!!!!!!!!!!
あまりに書いてなかったら、blogの書き方忘れた!

この春、別府に移住しました。
新しい仕事をするためです。
せっかくなので、ここに別府でのできごとをいろいろ綴ろうかなと思う。
かじほ姉さんのメルマガを送りつける作戦はやっぱり気が引けたので、、
彩乃通信を読みたい人はここをチェックしてね☆



こっちに来て今日でちょうど一週間になりました。
大分は桜がだいぶ咲いてます◎
昨日福岡に行ったけど、福岡はもう七分咲きくらいだった!
やっぱり東京より早いです。

この一週間は、お片づけしたり、いろいろ買いそろえたり、風邪ひいたりして過ぎました。
バタバタしてたらあっという間に過ぎた。
正式には今日からbeppu projectへ入社しました。
こっちで出会う人たちはみな優しく、楽しく、また、別府愛がすさまじいです。
まだ別府がどんなところかわからないけれど、これだけ住民を惹き付ける場所ってなんなんだろ、とわくわくしています。
私も早く仲間になりたい。
仕事もとても楽しみです。
いい仕事できるよう、精一杯心を注ごう。



別府に来てまだ1週間だけれども、東京という街の不器用さを思い知り、ひどく愛しくなって泣けてきます。
東京の人は、別府の人みたいに、「東京が好き」とかあまり言わない。
でも私は東京が大好きだったし、ずっとそう表明してきた。
それは、自分が育ってきた街を愛したいという願望から、好きになろうと強がっていた部分もあるのかもしれない。
でも、私は東京の女であることを誇りに思ってた、と思う。


1年前、地震が起きて、東京という大きすぎる街の凶暴性に怖くなった。
東京にいると見えないことが絶対あると思ったし、あんなに特殊な土地で大きな顔をして偉そうなことを言っても、それは風が吹けば形を失う砂のようなものだとも思った。
東京の周りにある歪んだものをほっとけない、とも思った。


やっぱり私は東京が嫌いとは言えない。
東京が嫌いになったから、東京を捨ててきたとは思わない。


放射能のことをいつも心配しながら生きることは本当に苦痛だし、
これから先、東京とどうやってつきあっていくのかわからないけれど。
「ちょうどいい」ということを知らない、何をとっても過剰なあの街を、
ずっと、いつも気にして生きていくのだと思う。


そう考えて、やっぱり、どうしても、原発事故が起きてしまったことが悔しい。
故郷を失う、故郷を汚されることが、どんなにきついことか。
私のお引っ越しとはレベルが違う。



セ ン チ メ ン タ ル



あんまりめそめそしないで、新しい土地で明るくがんばれますように。





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ようこそ。


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ゆけむり


IMG_9964.jpg愛!


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TOKYO
雨に濡れた洗濯物がかわくまでの散文

mama!milkの新譜を聞いてる

いい。
うっとり。
秋がくるのが楽しみになる。


今日は、タムくんのマムアンちゃんもわたしのところにきた。
あったかーい。
帯には、
「恋に疲れたとき、片思いに悩んでいるとき、
タムくんのメッセージが優しく包んでくれます」
とあります。
たしカニ。


こないだ、デモで柄谷行人がしゃべってた。
初めて生きているところを見たけど、なんだか思ってたより弱そうだった。
私は話すのが苦手だから、文章を書いてきました、といって読んでた。
よわよわとしていてあんまり聞こえなかったのだけど、あとから読み返してみたらいいこと言ってた。
「デモをすることで社会は変わるのか?」という問いに対して。

「デモをすることによって社会を変えることは、確実にできる。なぜなら、デモをすることによって、日本の社会は、人がデモをする社会に変わるからです。」


9月11日の新宿デモでは、逮捕者もたくさん出て、デモをすることがこんなにも悪として扱われるのとショックだった。
誰かが、道路交通法と表現の自由どっちが大事なんだ、と言ってた。
うーん。
もちろん、マナーを守るのは大事だけど。
なんか冷たい。
クールジャパン。
表現の自由ってすごく守られなくてはならないものだと、社会科の授業で勉強したけれど、初めて身をもって感じた。
法律にやたら出てくる「尊重する」っていう言葉がなんかわかった気がする。
必死でなにかを訴えているひとのこと、これからは尊重しよと思った。

、、、


明日は、夢の島にいく。
どんな空間があるのか、どきどきするわ。


、、、


まだ、かわかない。


今日は夢のなかでダンスしていた。
即興でなにかおどっていた。ふわふわと。
そろそろおどりたい、ってこないだも書いたけど。

だれか一緒におどりませんか。


こないだ、トラウマリスでみた、やさしいガイコツにまた会いたいな。


あめ、つづくねぇ


あ、洗濯機ぴーぴー

退屈に親しむ
夏休みの思い出


今年の夏も蚊にさされまくった。
足がキタナイ。



FUJI↓

雨ひどかったけど、すっごく楽しかった。







↓那須

懐かしのどうぶつ王国にいってきました。
見よこのサイズ感!!
アルパカの赤ちゃんだよ、たしか名前は「空」くん。






↓アコーディオンの合宿

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↓てんとうむし@新橋



↓ユキ@ワールドハピネス



最近はまっていることは、退屈に親しむことです。
これが、生粋のシティガールには、なかなかむつかしい。
けど、慣れると楽しいです。
いつもドキドキぐらぐらしていて、細やかに震えることに欠けていたので、
しばらくこれでいこうと思う。
このキャンペーンの一環でいろいろ情報に疎いので、伝えたいことがあったら電話してください。

あさっては、アコーディオンのコンクール。
こないだ野辺山まで合宿してきた。
おばあちゃんとトウモロコシ畑にかこまれて、朝から晩までアコーディオン。
おもしろかった。


そろそろなんか作りたい。
金沢














 
新宿





 








ポルカレーパーティー(2ヶ月前)
去る5月15日(やだもう2ヶ月まえ!!)
otmnミハイルプレゼンツ ポルカ・カレーパーティーの写真。

オトメン初のお客さんを招いてのパーティーでした。
総勢11名集まった。
youtubeを駆使して、ポルカとはなにかを探りながら、カレーを食べる会。
カレーおいしかったよ!
ポルカはいまいちつかみきれなかったけど!(なんかインドっぽくなった)
わてはフルーツ☆パンチをつくりました。
またやりたいっ!











ここから、バンドマスターミハイルの大きめな写真をお楽しみください、、、













ポルカバンドメンバー募集中!
(ただいま2名のみ!!!)
しあわせはっぴー!
さっき、うそを1つ書きました。


悲しいことばっかりなんて、まっかなうそで、ついこの間の日曜日も、
とっても幸せな日だった。


だいすきなほうほう堂みかさんと、プリコグ奥野さんの結婚式。


ラストにはさいこうにすてきなダンス。



心から、しあわせで、はっぴーで、なみだがでちゃいました。






こっちもたのしいよ↓

 



うれしい日々はつづく!





たおやかに
きょうは4月26日。

なんでもない日。

ちかごろ思ったことをぽつぽつと。



3がつ、地震がおきてから、さいしょにしたことは、恋人を責め立てることだった。
こわくて、かなしくて、不安で、無力な自分と、無力な恋人を責めました。




時間は、ゆっくりと確実に流れていく。




原発のこととか、書いてみようかとおもうけど、うまくかけないかな。


わたしは、核がこわい。


原発事故があって、祝島で反原発運動をしてた大学の先輩のことをぼんやり思い出した。
西日本旅行しているとき、女子禁制の先輩の寮にこっそり泊めてもらった。
西から広島に向けた普通列車にがたごと揺られてたら、待ち合わせもしていないのに先輩がふら〜っと現れて、「え!なんでいるの?!」っていったら、「はっはー!この時間ならこの電車かなと思って!」
おもむろに水筒の水をごくごくっと飲んだ。
ちょうど、反原発運動のなにかがあったようで、ホームにはその仲間らしき人がいた。
仲間たちは、なんていうか、みんな、ワイルド?いやぜんぜんちがった、なんか、土の人っぽい感じがして、エコっぽい?、、うーん、まぁとにかくとてもすてきな感じで、でもちょっと遠くも感じた。
「えらいなぁ」、なんとなく思った。
先輩に、広島にきたんだから、平和記念公園はいったらいいと思うよ、といわれて、記念館にもいった。
わたしは、置いてあったノートに、「核兵器は、理屈とかなんとか論とかとっぱらって、絶対にNOとしか言えないもの、それくらいのおおきな力だよ」、というようなことを書いたと思う。

もっとむかしにも。

高校生のとき「ひろしまの旅」というのがあった。被爆したひとの老人ホームにいって、おばあさんと2人っきりでお話した。おばあさんは、「わたしがお話するのは、あなたにわたしの口になってほしいから、わたしのかわりに話してほしいから」といった。おばあさん、まだ元気にしているかしら。手紙を書こうと思ったのに、結局いちども書きませんでした。

それから、ちょうどわたしが小学生6年生のころ。イランとパキスタンが核実験をして、話題になった。学年で研究授業みたいなのがあって、カクカクサン防止条約、とか勉強して、子どもながらに、「核兵器は絶対にダメ!」と思った。原子力もそれに付随してたと思う。当時はそれが一般論だった。そうだったよね?教育は恐ろしい。いまの子どもたちは逆のことを教えられ、それを信じている。わたしと同じように。

、、、



核のなにがこわいかって、いうと、制御できない感じがとてもとても恐ろしい。
使いこなせないものなのに、どうしていいかわからないものなのに、それをたよりにして、信じて、どんどん増やしていく。
気持ちわるい。
核兵器と、原子力発電は、もちろんちがうものだろうけど、おそろしさは同じだ。
やさしさ、とかいうお面をかぶっているだけ、もっとおそろしいかも。
わたしにとって、核に対するNOは、あんまり理由がないかもしれない。こわいから、というくらいなのかも。
でもそれは、殺人がNOなのとおんなじです。



原発の事故があって、悲しいことばかりで、目も当てられないし、みながどうしたらいいかわからなくなって。
混乱しているのに、時間ばかり流れる。
でもそれは、これまでだって同じだったんだ、目も当てられない混乱は、いつもどこかにある。


いちばん、胸がつらいのは、子どものことを思ったとき。
放射能にさらされている、ちいさなこども、そしてお腹に赤ちゃんがいるおかあさん。
彼ら、彼女らを、守りたい、と思って、自分がもう子どもじゃないんだって思った。
ほんとは、とっくに大人だけど、、もっと大人じゃなきゃいけないんだけど、、、
子どもを見ていると、胸がつらいけど、同時に、意味なく明るいきもちになる。
なんだろうあの光は。きらきらと。
だから、わたしは、混乱のなかで大切なひとを責めることしかできないわたしのままでは、いけないと思う。強くなろうと、思う。


それから、ちかごろ気づいたのは、生きていくための本能みたいなのが、多くのひとに、決定的に不足しているということ。
おおきなことがおきても、しかもそれは決定的な変化であるにもかかわらず、これまでと同じやり方でしかできない。
政府の偉いひともそうだけど、わたしたちもそうだよ。
風に吹かれる草のように、たおやかに、いたいと思う。






高円寺 反原発デモ 4.10



↓義援金あつめをした(140万円も集まったらしい!)。写真は、レイバーネットより。「被災地カンパを呼びかける女性たち」だって笑。






野菜デモ 渋谷 4月16日